今回は小説『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』東野 圭吾(著)のご紹介!
東野 圭吾さんの新たな推理小説シリーズ「ブラックショーマン」シリーズの第一作です。主要人物の元マジシャン、神尾武史がマジシャンさながら、さまざまな仕掛けを施しながら真相に迫る物語。
まさに、マジシャンが事件の種明かしをしていく新たなシリーズとなります。本作品は、2025年9月に主演、福山雅治さんを携え、映画公開されます。著者の「ガリレオ」シリーズでも主人公を演じている福山雅治さん。東野圭吾さんとの強力タッグは、映画の面白さを約束されたも同然ではないでしょうか!
書籍の情報を以下にまとめます▼
INFO
タイトル:『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』
著者:東野 圭吾
出版社:株式会社 光文社
発売日:2023年11月
メモ:2025年9月に映画が公開される。
あらすじ

故郷で父が殺害された。仕事と結婚準備を抱えたまま生家に戻った真世は、何年間も音信不通だった叔父・武史と再会する。元マジシャンの武史は警察を頼らず、自らの手で犯人を見つけるという。かつて教師だった父を殺した犯人は、教え子である真世の同級生の中にいるのか。コロナ禍に苦しむ町を舞台に、新たなヒーロー”黒い魔術師”が手品のように華麗に謎を解く長編ミステリー!
『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』裏表紙より
読書感想

お悩み相談
仕事から帰ってくるなり、妻のゆかりは仕事に対する悩みを聞いてくれないかと私にいってきた。これは長くなるなと心の中で覚悟を決めた後、「別に構わないよ」と答えた。明日もお互いに仕事がある。時間に制限もあるため、お悩み相談は夕食をとりながら行うことになった。
サラダをつまみながらゆかりの話を聞いている私と違って、ゆかりは夕食に手をつける気配がない。そんなことより、とにかく話を聞いてほしいのだろう。いや、聞いてほしいのではなく、話したいのだ。
これまでも何度となくゆかりの仕事に対する悩みを聞いてきた。その度に私は受け答えに困る。悩み事をされた時に、客観的な意見を伝えるのではなく、ただただ相手の話を聞いてあげること。このような対処方法はすでに一般的化させていることだ。
しかし、結婚をして夫婦となった関係で悩み事を相談されるとなると、少し話が変わってくるようにも感じる。答えのない相談会を何度繰り返しても相手の人生にとって意味があるのか?そんなことを考えてしまう。
私は今回のお悩み相談会では、ある程度私が考える意見を伝えようと決めた。仕事に関する悩みの大半は人間関係である。仕事のやり方、仕事の振り分け方、仕事上のスキルなど、導入部分はさまざまだが、行き着く先は人間関係なのだ。そして、その人間関係を円滑に取りなう方法としては、近ず離れずが基本だ。一緒に働く同僚や年齢の近い同僚であっても、ビジネスの場で関わっている以上、ビジネス上の付き合いをするべきなのだ。
だから、どんなに仲のいい同僚であっても仕事上のやりとりは感情に流されることなく、業務に則ったやり取りをする必要がある。例えば、相手のことを思って必要以上に作業を行う必要もないし、必要以上に相手を管理してあげることもない。どちらも大人なのだから、自分の作業には自分で責任を持つことが大切だ。
なんてことをゆかりには伝えた。しかし、ゆかりの反応を見ると、なんとなく納得がいっていない様子。だけど私としては時には具体的な意見も伝えたほうがいいと考えての発言だったのであまり気にしていなかった。
夕食も終え、リビングでテレビを見ていると、ゆかりがスマホをいじりだした。画面を見ると、今流行りのChatAIに対して、何かを打ち込んでいた。その内容を見て、声には出していないが、思わず笑ってしまった。ゆかりは、先ほど私にした仕事上の悩み事をChatAIに聞いていたのだ。しばらくそのやり取りを眺めていると、ChatAIからの回答は、さっき私がゆかりに助言した内容とほとんど同じだったのだ。二人して声を出して笑った。
タネも仕掛けもありません
色んな人から慕われる人がいるが、ふと、その人のことを想像すると、一体どんな人なのかわからなくなることがある。慕われるということは、人として出来上がっている人であることは間違いない。優しさや逞しさ、人々に安心感を与える人なのであろう。
しかし、一言でその人を表せと言われると困ることがある。つまり、その人特有の特徴がないということだ。振り返ってみると、その人が私に対して見せる顔と私とは別の人に対する顔が違うようにも感じる。その違いは単なる表情筋の違いではなく、いわば、醸し出されている雰囲気というべきか。
いくつもの表情を持つその人は、つかみどころがなくまた、神出鬼没な、そんな存在だった。ある日、私が一人で電車に乗っていると、隣の車両の連結部分の近くにその人がいた。何やら難しい顔をして本を読んでいた。声をかけようかとも思ったが、真剣な眼差しで本を読んでいたので、黙っていることにした。
本を読む姿はいつも私に向ける表情とは違い、鬼気迫るものを感じさせた。「みんなに慕われる人は一体どんな本を読んでいるのだろう」そう思った私は、隣の車両からその人を観察していた。本の厚さはそこまでなく、文庫本だった。どうやらカバーはかけていないようだから、表紙さえ見えればどんな本かわかる。
怪しくないようにチラチラ見ていたつもりだったが、私の興味心が優っていたみたいで、かなり直視していたようだ。何かを察知したその人はふと顔をあげ、私と目があってしまった。「おや?」という表情から、私だと認識したのだろう「やー、こんなところで会うなんてね」と声をかけてきた。それまで読んでいた文庫本は、スッと手提げ鞄の中にしまわれた。
ちょっとした会話をしたのち、こうなってしまったらもう聞いてしまおうと、私は「先ほど読んでいた本はなんという本なんでしょうか」と思い切って尋ねてみた。すると、「あー、あれね」といってその人が手提げ鞄から出した本は、ハードカバーのとある小説だった。
「それじゃないんだけどなー」と心の中でつぶやいていたのだが、その人には伝えることができなかった。おそらく、私からの質問に対して瞬時に別の本を紹介したのだろう。となると、本来読んでいた本はあまり他人に知られたくない内容の本なのかもしれない。
たまたま私はその人が文庫本を読んでいることを明確に確認していたから、ハードカバーの作品が別物だと分かった。しかし、そうでなかったら、すんなりハードカバーの作品を読んでいたのだと納得していただろう。この一連のスムーズな対応そして、その場に応じた臨機応変な対応をなんの違和感もなくこなしてしまうことが、その人の最大の武器なのかもしれない。さまざまな性格を持った人から慕われる背景には、人との関わりをコントロールする術が隠されているのかもしれない。
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