【独自感想】『だから捨ててと言ったのに』

小説

今回は小説『だから捨ててと言ったのに』のご紹介!
この作品はタイトルにある「だから捨ててと言ったのに」から始まるショート物語を25編収録されています。いわば、「だから捨ててと言ったのにから始まるショート物語とは?」といった大喜利のようです。

25編はそれぞれ異なった25人の作者によって作られています。短い作品では、それゆえ起承転結を構成するのが難しい印象を受けます。しかし、本作品を読むと短くとも「ここにこんな繋がりがあるんだと」驚かされることも。

本作品に収録されている作者▼

書籍の情報を以下にまとめます▼

INFO
タイトル:『だから捨ててと言ったのに』
著者:多数
出版社:講談社
発売日:2025年1月
メモ:「だから捨ててと言ったのに」から始まる短編が25編収録

創作短編

今回は、初めての試みとして私も「だから捨ててと言ったのに」から始まる短編を3つ作成してみました。この作品を読んだ感想として、ご覧いただければと思います。

整理整頓が苦手な私

「だから捨ててと言ったのに」

今日は先週に購入した家具が届く日だ。先ほどかかってきた運送会社からの電話だと13時過ぎくらいに到着のようだ。10畳ほどのリビングに置くこじゃれた棚。インテリアにこだわりたい私がSNSで見つけた代物。SNS映えも相まってか、その家具の投稿を見た瞬間、「ほしい!」と思った。少し値段は高いけど、長く付き合っていくものだと自分を納得させた。

はやる気持ちを抑えつつ、現在のリビングを見る。とたんに嫌気がさす。「あれだけ言ったのに」心の中の私がつぶやく。リビングには同棲をしているパートナーの私物が至る所に点在している。私はものを直接床に置くのが嫌いだ。少し前に購入した観葉植物も専用の台に乗せている。だからパートナーのカバンや衣服、書籍などが直接床に置かれている状況を見るだけで暗い気持ちになってしまう。

ましてや今日は家具が搬入される日だ。家具の組み立てが苦手な私は、搬入時のサービス(追加料金有)で家具の組み立ても併せて依頼していた。そのため、業者の人がリビングに立ち入ることになる。なるべく部屋は片づけておきたかった。「自分のものは片づけておいてよ、あと、いらないものはちゃんと処分してよね」昨日の晩、仕事で帰宅が遅くなったパートナーに対して伝えていた。しかし、昨日と全く変わっていない状況。

「ここで、私が片付けちゃうと、私が片付けるのが当たり前になってしまう」パートナーとの将来を考えると相手にゆだねることも大切だ。私はあえて片づけることをせず、静観することにした。パートナーも大人だ。訪問者が来るとなればさすがに行動に移すだろう。

時刻は11時30分。ようやく寝癖を盛大につけたパートナーがのっそりと起きてきた。「静観、静観、任せよう」心の中の私がつぶやく。パートナーは何をするわけでもなくだらだらとテレビを見ている。時刻は12時。あと1時間で家具が来てしまう。直前になったら私が片付けようと考えつつも、ほかのことをして気持ちを落ち着かせる。

時刻は12時30分。ここであることに気が付く。業者の人たちにお礼として渡すための飲み物を準備し忘れていた。パートナーに準備をお願いしたところで嫌な顔をされるだけなので、急いで近くのコンビニに向かう。コンビニでお茶のペットボトルを4本購入。一安心しつつ自宅に戻ると、家の前にトラックが停まっていた。

時間を確認すると12時45分。予定より15分も早い。「うそでしょ」とつぶやきながら急いで自宅に戻ると、家具の搬入が始まっていた。リビングにはパートナーの私物が依然として片づけられていない状態で存在していた。しかも当の本人は着替えもせず、先ほどと同じ格好でテレビを見ている始末。

ここまでの話をコメダ珈琲のシロノワールを食べながら聞いていた友人は、私が話し終わったことを確認すると、「もうそんな人と付き合い続けるのは限界でしょ。だからそんな人は捨てなと言ったのに」とシロップが付いた口元をぬぐいながら言った。

経験すべき悲しいこと

「だから捨ててと言ったのに」

サイゴウの息遣いが荒くなった。目線は一点を見つめ、口元は少し開いている。しばらくすると少し楽になったのか、規則的な息遣いに戻っていった。かれこれ1か月。一進一退の状況が続いていた。私はそんなサイゴウに対して、一方的に言葉をぶつけることしかできなかった。彼の表情を見て、何を感じ、何を求めているのか。私の想像力はこの1か月間のためにとっておいたのかと思うくらい、様々なことを想像していた。

サイゴウと名のつく前の彼は、私が小学2年生の時、近所にある西郷橋の橋下でプラスチックケースに入れられていた。子供であった私でも容易に抱き抱えられるくらいの大きさ。腕に伝わる彼のぬくもりは、生き物としての存在を私に与えた。壺を鑑定する鑑定士のように眺めまわした私は、どこか困惑な表情を浮かべた彼の瞳と目が合った。気づくと私は彼を家に連れ帰っていた。

家に帰り、彼の姿を見るや否や母は早く捨ててきなさいと言った。何度もお願いをしたけれど母は首を縦に振ることはなかった。理由を聞いても、私が納得するような答えを示してくれなかった。私のお願いを受け入れてもらえないのであれば、私も母のお願いを受け入れたくない。そう思った私は、冷蔵庫の中から牛乳と台所にあった食パンを殴るように抱え込み、家を飛び出した。

近所の公園まで来た私と彼は砂場近くのベンチに腰掛けえた。ほとんど駆けるように家を出てきた私は牛乳と食パンしか持っておらず、彼にそれらを分け与えるための容器すら持っていなかった。幼かった私は、牛乳を掌ですくって彼に直接与えた。警戒心の強い彼は、鼻を近づかせひくひくとしていたが、それが飲み物であるとわかったのだろう、舌を上手に使って飲み始めた。ざらっとした感触がくすぐったかったが、「まだあるよ、まだあるよ」と呟きながら、牛乳を与えるのに必死だった。

あたりは暗くなり始めていた。帰るに帰れなかった私は公園で彼と沈みゆく夕日を眺めていた。家出みたいな状況になってしまった私は心細さからか、胸が締め付けられる思いだった。だけど今は私よりもか弱い彼がいる。小学2年生の私にとって、初めての感覚だった。自分の行動が他者に影響を与える。どうにか踏ん張らなければならなかった。これといった解決策も思いつかないまま時間だけが過ぎていた時、スーツのネクタイを外した父親が公園まで迎えに来てくれた。

父の表情を見たとき、安堵からか涙が溢れてきた。困った表情をした父の手にはリードが握られていた。そのリードを彼の首元に付け、父と3人で近所を散歩した。先を急ぐ彼にリードを引かれながら私と父は横並びに歩いていた。正式に承諾を得ていなかった私は、このまま彼を家に連れて帰れるのかと半信半疑のまま歩みを進めていた。だけど、父と歩くルートが家に向かっているとわかったとき、少しだけ安心した。もう少しで家に到着するタイミングだなと思ったとき、それまで無言だった父が語りかけてきた。

「リードはお母さんが買ってきてくれた。あと、ちゃんと世話をすること」家に帰るとしっかり母親に叱られた。だけど私の心は晴れやかだった。「動物を育てること、それは同時に大変なことも悲しいことも経験することになるんだからね」説教の最後に母親から言われた言葉について、その時は理解ができなかった。

またサイゴウの息遣いが荒くなった。彼は今何を思っているのだろう。そんなことを考えると悲しくなる。言葉が通じないことがこんなにも辛いのか。サイゴウとの思い出を振り返ると、こんなにも幸せな経験を私たちに与えてくれたのかとつくづく思う。「もう無理はしないで、楽になってもいいよ」本音なのかわからない言葉が心の中に浮かんでは消えていく。そんな時間を繰り返していた。

そばで私と一緒に見守っていた母が台所に向かった。冷蔵庫を開けると牛乳を取り出しコップに注ぐ。それを私に渡して、「サイゴウに飲ませてあげなさい」といった。不規則な息遣いをしているサイゴウは自分の力では牛乳を飲むことができなかった。ただ、コップを近づけると鼻を動かし、それが牛乳だと理解したらしく、少し身を乗り出した。私はコップに入った牛乳を指につけ、サイゴウの口元を湿らせてあげた。サイゴウは弱々しくも舌を使って口についた牛乳をなめた。

そしてもう一度体をこちらに寄せてきた。私は急いで今度は、掌に牛乳を出してサイゴウの口元に差し出した。サイゴウは、懸命な瞳をこちらに向けながら、私の掌をひと舐めした。ざらっとした感触があった。「動物を育てること、それは同時に大変なことも悲しいことも経験することになるんだからね」今ではものすごくわかる。

与えられる側の苦悩

「だから捨ててと言ったのに」

近所の奥様から海外旅行に行ったお土産をいただいた。玄関先で話した内容によると、どうやらスペインのなんとかという街に行ってきたらしい。誰もが知る有名な街ではなく、聞き馴染みのない地名から、よく旅行に行っていることがうかがえる。今日着ていたワンピースの色使いも私たちのような凡人が手にするようなものではなかった。

「毎回、毎回いただいてばかりだなー」もらい続けることも案外しんどさを感じる。奥様も見返りを求めているわけではないだろう。しかし、常にもらってばかりの立場からすると、なにかしらのものをこちらからも提供しないことには気持ちが落ち着かない。かといって、何かしらの何かとは?と聞かれるとそれはそれで悩みの種になってしまう。

そんなある日、地元にあるショッピングモールで買い物をしていると偶然その奥様と出くわした。軽く立ち話をしていると、奥様の目線が私の胸のあたりで止まった。「そのブローチ素敵ですね」私の胸にはバラの形をした小さなブローチがあった。

「そうですか?ありがとうございます。実はこれ私の手作りなんです」専業主婦になってから始めた趣味であった。「あらー、そうなのー。あまりにも素敵だから。手先が器用なんですね」この言葉に嘘は感じられなかった。ほめられたこともあり、なんだか足取りも軽くその日は帰宅した。

「そうだ、ブローチを作ってプレゼントしよう」そんなことを思いついたのは昼間のこともあったからだろうか。「手作りブローチをもらっても困らせるだけかな」多少不安もあったが、いつももらいっぱなしだからという理由で自分を納得させた。

私が作るブローチは花の形をしたものだ。奥様に差し上げるブローチはどんな花にしようかと迷ったが、よくワンピースを着ていることを思い出し、ハイビスカスにした。作り始めるとあっという間に時間が過ぎる。結婚を機に専業主婦となった私は、日中の時間を持て余していた。そこで始めたのがブローチ作りだ。初めて他人に差し上げる手作りブローチ。いつもよりも緊張している自分に気が付く。趣味なのにね。

細かな調整も含めると、5日くらいで完成した。真っ赤な色をしたハイビスカスのブローチ。ちょっと目立ちすぎかなと思ったけど、奥様の雰囲気にはあっているはず。完成したことにはほっとしたけれど、これをわざわざ渡しに行くことには気が引けた。「ブローチを作ったので渡しに来ました」なんとなく学生気分のようなこっぱずかしさを感じてしまう。

いいタイミングで渡せればなと思っていたある日、たまたま自宅の前で犬の散歩をしている奥様と出くわした。挨拶を交わした後、「ちょっと待っててもらえます?」と声をかけ、急いで自宅から箱に包装したハイビスカスのブローチを持ってきた。「これ、手作りのブローチなんですけど。よかったら。こないだショッピングモールで私がつけていたブローチをほめていただいで、とてもうれしくて。あといつもお土産をもらってばっかりで。大したものではないんですけど」一気にしゃべった。

「ほんとうに?わざわざ私のために作ってくださったの?ありがとうございます。うれしいわー」まだ実物を見ていないのにかなり喜んでくれた。「箱に包装せずに渡したほうがよかったかなー」そんな反省もあったが、奥様のリアクションを見て少しほっとした。「素人が作ったものなんで、ほんと大したものじゃないので、もしあれだったら捨ててください」いろんな角度からの保険をかけておく。

奥様と別れて、自宅に戻る。まだ少し心臓が鼓動を打っているのを感じる。その日以降、外で奥様と会うたびに私は奥様の胸元に目がいってしまう。自分が作ったハイビスカスのブローチが胸元にないことを確認すると多少のショックもあったが、「そりゃそうだよな」とも思った。「プレゼントは渡した時点で完結」そう自分に言い聞かせた。

私が住んでいる地区は1か月に1回の頻度で地域住民の集会がある。その日、私は集会への参加を予定していた。集合時間に少し遅れる形で参加をすると、あの奥様もいた。挨拶をしようとそばに行くと、奥様の胸もとに赤いハイビスカスのブローチが。不意を突かれた私は、奥様を前にしてフリーズしてしまった。そんな私の姿を見た奥様は「素敵なブローチをありがとうございます。つけるのがもったいないくらい」と言ってくれた。

舞い上がってしまった私は「誠にありがとうございます」と、素っ頓狂な返答をしてしまった。自分が作ったブローチをつけてくださるなんて。喜びは集会の間ずっと残り続けていた。

集会も終わり、車に乗り込みエンジンをかけると、ちょうど向かい側に停めてある車に乗り込む奥様がいた。奥様は車に乗り込むと、一目散に胸元についてたブローチを外した。外しながらなにか言葉を発していたが、当然こちらからは聞き取ることはできない。ただ、いびつにゆがんだ口元の様子から、その発言がネガティブなものであることはうかがえた。私の耳は車のエンジン音も聞こえなくなっていた。ハンドルを切りながら駐車場を出ようとした奥様と目が合った。何とも言えない表情をした奥様。「だから捨ててと言ったのに」

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