今回は、小説『時計館の殺人』綾辻 行人(著)のご紹介!
館シリーズの第5作目となります。今までとは違い、上・下巻に分かれた大作です。館シリーズに魅了された私は、上・下巻であっても飽きることなく、最後まで読み進めることができました!
そして、嬉しいニュースが!なんと動画サイト「Hulu」にて、『時計館の殺人』が映像化されることが決定しました。もともと第一弾として、館シリーズである『十角館の殺人』が「Hulu」にて映像化がされていました。
今回はその第二弾として、『時計館の殺人』が映像化となりました。数か月前から「Hulu」にて、館シリーズの映像化第二弾は告知されていましたが、どの作品を題材にするかはふせられていました。2026年2月から配信が開始されるようです!
書籍の情報を以下にまとめます▼
INFO
タイトル:『時計館の殺人』
著者:綾辻 行人
出版社:株式会社 講談社
発売日:1995年6月
メモ:「館シリーズ」の五作目
あらすじ

鎌倉の外れに建つ謎の館、時計館。角島・十角館の惨劇を知る江南孝明は、オカルト雑誌の”取材班”の一員としてこの館を訪れる。館に棲むという少女の亡霊と接触した交霊会の夜、忽然と姿を消す美貌の霊能者。閉ざされた館内ではそして、恐るべき殺人劇の幕が上がる!不朽の名作、満を持しての新装改訂版。
『時計館の殺人 上巻』裏表紙より
館に閉じ込められた江南たちを襲う、仮面の殺人者の恐怖。館内で惨劇が続く一方、館外では推理小説家・鹿谷門実が、時計館主人の遺した「沈黙の女神」の詩の謎を追う。悪夢の三日間の後、生き残るのは誰か?凄絶な連続殺人の果てに待ち受ける、驚愕と感動の最終章!第45回日本推理作家協会賞に輝く名作。
『時計館の殺人 下巻』裏表紙より
読書感想

サバイバー精神
学生時代の友達とカフェでお茶をしていた。お互い社会人となってからは頻繁に会うこともできず、この日も数か月ぶりの再会だった。学生時代はあんなに会っていたのに、よくもまぁ、話題が尽きなかったものだ。今は数か月分の話題を引っ提げてどうにか話題をつなぎとめているような状態だ。
私は今年で社会人2年目になるのだが、その友達は私より1年多い3年目だ。このからくりは私が学生時代に大学を1年間休学して語学留学に行っていたことにある。約1年間の語学留学では主にオーストラリアに拠点を置いていた。最後の1カ月はヨーロッパを巡り、アジアの他国を経由して日本に帰国した。
私にとってその1年間は、人生観が変わる、そんな時間だった。海外の様々な地域で暮らしてみたことによって、改めて日本をすばらしさを実感した。その実感のほとんどは、日本の安全性だ。
オーストラリアで暮らし始めて2カ月くらいたったある日、公園のベンチに財布を置き忘れてしまった。どうやらお尻のポケットに入れておいたのが、ベンチに座った時に落ちてしまったようだ。気が付き公園に戻ったのだが、財布は見つからなかった。幸い、財布の中には最低限の現金しか入れていなかった。しかし、その財布は、友達から誕生日プレゼントでもらったものだった。
ショックを抱えながら公園を後にしようとすると、近くに交番があるのに気が付いた。私はその交番に向かい、拙いながらも勇気を振り絞って財布の落し物が届いていないかと尋ねた。結果は無残も無残。警官には鼻で笑わられ、おまけに「ここは日本じゃないよ」と言われた。この経験以降、私は自分の持ち物に対して最大限の警戒を敷いた。人が多いところでは、必ずかばんは胸に抱えるように持った。
この警戒は、オーストラリアを離れ、ヨーロッパ、アジアの国々を経由する際も当然続いた。語学留学の1年を通じて、人としての強さみたいなものも身についた気分になった。
久しぶりに会った友達との会話もなんだかんだ盛り上がり、私はトイレに立った。トイレから戻り自分たちの席に戻ろうとすると、友達の姿がない。無人の席には、私のカバンや友達のカバン、スマホまでもが置きっぱなしの状態だ。私は急いで席に戻った。カフェではあるまじきスピードで駆けていたかもしれない。
すると友達は、何食わぬ顔でカフェの店外から入ってきた。どうやら外の喫煙所でタバコを吸ってきたらしい。私の眼は、野生のクロヒョウのごとくその友達を睨んでいた。
最悪の向こう側
いつも温厚な夫が人を殺したらしい。その知らせを聞いたとき、現実なのか夢なのかわからなかった。なんだか、耳の奥で「ピー」という聴力検査の時みたいな音を感じていた。訳も分からず家にとどまっていると、警察の人が来た。そしてこれまた訳が分からないまま、時間が過ぎていった。
時間にすると長時間、ただ体感的にはあっという間に感じた警察とのやり取りを終えた。これから私はどうしたらいいのだろうという将来的な不安はなかった。それよりもむしろ、今から何をすればいいのかその判断ができないでいた。
自分の夫が殺人を犯した。受け止めようにも受け止められない。現実と非現実の狭間をさまよっていた私は、テレビをつけた。少しでも現実感を味わいたかったから、ニュース番組にチャンネルを合わせた。
「白昼堂々!止めに入った人も含め複数人が死傷。」そんなテロップだった。現場近くにいるアナウンサーが目撃者から話を聞いている場面。「なんか、最初はトラブルがあったみたいなんです。それで男性が、もう一人の男性に殴り掛かったら、その男性が倒れてしまって、それでそのまま息がしなくなってしまったみたいなんです。そしたら急に殴り掛かった男性が奇声を上げながら暴れだして。止めに入った人たちを襲いだしたんです」やや興奮気味ではあるが、ニュース番組としては上出来だろう。
そんなテレビの中の会話を聞きながら、この事件の主要人物が自分の旦那であることが、私自身の秘め事の様に思えてくる。マンションの壁を隔た隣に住む住人は、今世間を震撼させている話題の人の嫁が隣にいることに気づいていないだろう。その秘め事が私の中に存在する秘密兵器のような存在感をもたらしていた。
私の頭の中は、以前した、夫との何気ない会話を思い出していた。「人生で最悪の瞬間ってどんな時かな?」そう夫に聞かれた私は「亡くなることじゃないの?」と答えた。すると夫は「でもさ、人はみんな死ぬんだから、別に最悪ってことでもないんじゃない?もちろん病気とかで早死にするのは不幸であるけど」なんでそんなことを考えているのかと疑問に思ったが、「じゃあ、自分はどうなのよ。自分にとって最悪な瞬間って」この話題にそこまで興味はなかったが夫の意見を一応聞いてみた。「俺も考えているんだけど、なかなか思いつかなくてさ」「なによ、自分から聞いといて。なんか考えがあるのかと思った。んー、そうだなー、例えば、自分ではそんなつもりがなかったのに人を殺してしまったときとか?人を殺してしまった事実は、私の本当の気持ちなんて考えてもらえないじゃない。本当に殺すつもりなんてなかったのに、結果的に相手が死んでしまった。この状況は最悪じゃない?」私なりにかなり絞り出した意見だった。
すると夫は、「それは最悪だね!うん、最悪だ。考えただけでゾッとする。その気がなくても殺してしまった事実は残り続けるから、その事実を抱えながら生きていかないといけないもんね。うわー、もし俺がそんな立場になったらどうしよう」想像を巡らせている夫は楽しそうだった。「もし私だったら、もちろん罰則は受けるとして、刑務所から出た後はもう日本には住めないかな。遠くの誰も知らない国に行って、ゼロからやり直すかなー」現実味のない話だから私の妄想も膨らむ。
夫はなぜか真面目な顔をしながらしばらく考えた後、「もし俺だったら、本心じゃなかったとしても、人を殺してしまったらもう自分の人生としては終わりかなー。だからもう、めちゃくちゃになっちゃえって思うかもしれない」「なによそれ、どういうこと?」「いや、だから、人を殺してしまうってことは、もうその時点でゲームオーバーってことだよ。そこからどう頑張っても人生を立て直すことはできないんだったら、もう自分の理性なんて取っ払って、最悪のさらに最悪を目指す。だってすでに最悪なんだから、そこから先どこまで行っても最悪でしょ」
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