今回は小説『宿命』東野 圭吾(著)のご紹介!
本作品は、主人公の刑事が担当した事件の容疑者が学生時代のクラスメイトだったという状況が大きな柱となっています。知り合いが事件の関係者ということもあり、刑事は独自の考えのもと調査を続けるのですが。。。
書籍の情報を以下にまとめます▼
INFO
タイトル:『宿命』
著者:東野 圭吾
出版社:株式会社 講談社
発売日:1993年7月
メモ:現在までに128刷発行されている。
あらすじ

高校時代の初恋の女性と心ならずも別れなければならなかった男は、苦闘の青春を過ごした後、警察官となった。男の前に十年ぶりに現れたのは学生時代ライバルだった男で、奇しくも初恋の女の夫となっていた。刑事と容疑者、幼なじみの二人が宿命の対決を果たすとき、あまりにも皮肉で感動的な結末が用意される。
『宿命』裏表紙より
読書感想

値段で評価される時代
芸術作品の良し悪しを評価する基準は本来、多様であるはずである。色彩の美しさ、構図の独創性、作家の思想、時代背景との関係性など、評価軸はいくらでも存在する。しかし、鑑賞者の立場に立てば、最終的な判断は「好きか嫌いか」という個人の感性に委ねられる部分が大きい。かつて世界的名画と呼ばれる作品も、発表当時は賛否が分かれ、決して一様に称賛されていたわけではなかったはずである。
ところが現代においては、芸術作品の価値を測る物差しとして「金額」が強い影響力を持つようになった。数百億円で取引されたという情報は、それだけで作品の権威を証明する記号となる。芸術に詳しくない者であっても、高額であるという事実によって「優れた作品である」と理解してしまう。価格が評価を先導し、感性がその後を追いかける構図である。
無論、市場価値が高まる背景には歴史的評価や希少性、文化的意義が積み重なっている。しかし、値段という外的基準に依存しすぎると、自らの感性で向き合う機会が奪われてしまう。百年前の人々と同じ感覚を持つことはできないが、価格というラベルを外し、一枚の絵と静かに対峙する時間を持つことは可能である。芸術とは本来、他者の評価を通してではなく、自分自身の内面を通して味わうものであるはずだ。
強さと弱さのバランス
誰にも頼ることなく問題や課題を解決していく人は、一般的に自立した優秀な人物として評価されやすい。困難に直面しても動じることなく、自らの力で解決策を導き出す姿は頼もしく映るであろう。しかし、その姿勢が常に最善とは限らない。とりわけパートナーという関係性においては、全く頼られない状況が別の問題を生むことがある。
人は役割や必要性を感じることで、自らの存在価値を確認する生き物である。どれほど相手が有能であっても、自分の力が一切求められない関係は、次第に寂しさを伴う。相談もされず、弱みも見せられないままでは、単なる傍観者のような立場に置かれている感覚になる。すると、「自分はこの人にとって何なのか」という疑問が芽生え、存在意義への不安へと発展していく。
本来、パートナーシップとは強さを競う関係ではなく、補完し合う関係である。完璧に見える人であっても、あえて弱さや迷いを共有することで、関係はより深まる。頼るという行為は、能力の不足を示すものではなく、信頼の証である。すべてを一人で背負うことは美徳のように見えるが、時にそれは他者の入り込む余地を奪ってしまう。
真の強さとは、孤立することではなく、適切に他者を巻き込みながら前進できる姿勢である。頼られることも、頼ることも、互いの存在を確かめ合う大切な行為である。優秀さと温かさは両立しうるものであり、その均衡の中にこそ成熟した関係性が築かれるのである。

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