今回は小説『鷹の飛翔』堂場 瞬一(著)のご紹介!
本作品は、堂場 瞬一さん「鷹の〇〇」シリーズの第三作目となります。「鷹の〇〇」シリーズ完結編です。
捜査一課に所属する刑事と公安一課に所属する刑事が主要人物となる「鷹の〇〇」シリーズ。これまでの作品は、昭和から平成の時代への移り変わりが描かれた『鷹の系譜』。時代は平成となり、畑違いな部署で奮闘する主要人物を描いた『鷹の惑い』。そして『鷹の飛翔』では主要人物が共に管理職となって奮闘する物語となっています。
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書籍の情報を以下にまとめます▼
INFO
タイトル:『鷹の飛翔』
著者:堂場 瞬一
出版社:株式会社 講談社
発売日:2026年6月
メモ:「鷹の〇〇」シリーズ完結編
あらすじ

東日本大震災の翌年、都内で四件の殺人が連続発生。被害者は全員、二十五年前に高峰と海老沢が対峙した事件の容疑者だった。ともに管理職となった二人が直面するのは、刑事部と公安部の確執、そして家庭と病の問題。激動の時代を駆け抜けた刑事たちが挑む、最後の事件。「日本の警察」シリーズ、平成編完結!
『鷹の飛翔』裏表紙より
読書感想

人間が決める適材適所
適材適所という言葉があるように、人には向き不向きがある。自分に向いている分野をしっかりと捉え就職活動などで意識をすれば、自分に合った企業に巡り会えるかもしれない。そのためには自分の性格を客観的に理解する必要があるのだが、これが難しい。プライドや見栄が邪魔をしてマイナスな部分に目を向けなくなってしまう事も。こういった間違ったインプット情報をもとに導き出された答えというのは当然の如く正しいアンサーにはならない。
また、他人の適材適所を見極めるのも大変な作業だ。他人の内面的な思いに目を向ける事も困難であるが、組織としての期待と相手の考えが必ずしもマッチするとも限らない。見極める側の考えと相手の思いを踏まえ、最大公約数的な答えを導くことで両者ともに不快な気持ちにはならないのかもしれない。しかし、組織という様々な歯車が噛み合ってこそ効果的な実績を生み出す集団にとって、人間の気持ちを優先した最大公約数的な導き方は意味があるのだろうか。
私たち人間は、感情の揺れ動く生き物であり、同じ結果にしてもその人がどう思うのかによって結果に対する捉え方が異なってくる。だからこそ、同じ結果であってもしょうがないよねと思う人もいれば、けしからんと思う人がいる。この現象は人間だからこそ起こる事だろう。
組織運営を考えたときに人間固有の考え方というのは時として邪魔になってしまう。つまり、結果が全てということだ。いい結果と悪い結果の間には明確なボーターラインが設けられていて結果に対する考え方も明確だ。悪い結果だったけど、いい経験にもなったし、結果オーライだよね。なんてことにはならない。結果がはっきりしているほうがシンプルに捉えられるというメリットもある。また、自分にとっての適材適所がなんなのかをはっきりとした結果で返ってくることもこれからの人生では楽なのかもしれない。
ハシゴをかけて片足を乗せる
これまでやってきたことのやり方を変えていくのは容易ではない。自分の身の回りのことであれば、強い決意があれば変えていくことはできる。しかし、大きな組織の中で形作られたこれまでのやり方を変えていくには途方もない道のりになる。
どんなに論理的な説明ができたとしても、組織内でのプライオリティを握ることは難しい。どう考えてもおかしいと、その気持ちを遠慮なくぶつけることは組織を動かす上で必要なスキルかもしれない。しかし、声による主張は組織の方向転換にとっては弱さを感じてしまう。
ではどのように対応することがいいのだろうか。そのヒントは相手の気持ちを読む点にある。なぜ、組織(特定の人物がいる場合もあり)は既存のやり方にこだわり、新しいやり方に前向きでないのか。その理由の一つは、単にめんどくさいからだ。既存のやり方の一番のメリットは慣れである。新しいやり方を導入することによって覚えることもてできてしまう。また、新しいやり方の土台づくりに対する億劫さもあるだろう。
つまり、めんどくさいことを回避さえすれば意外と既存からの脱却は容易なのかもしれない。既存環境に対してどう考えてもおかしいと異議を唱えることも大事だが、それよりも一旦新規構築に取り掛かってしまうことも重要なのかもしれない。声による主張ではなく、行動による主張だ。

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