【独自感想】『白鳥とコウモリ』東野 圭吾

小説

今回は小説『白鳥とコウモリ』東野 圭吾(著)のご紹介!
被害者遺族と加害者家族。本来、関わることのない2つの関係者が事件を通じて重なり合う。点と点が線で結ばれるように。どちらの立場になっても悲しい物語。事件の真相を知りたい気持ちもあるけど、登場人物たちの心情に流されてしまう。

被害者遺族と加害者家族。白鳥とコウモリ。光と影。相反するものたちの心が揺さぶられるミステリー小説です。

書籍の情報を以下にまとめます▼

INFO
タイトル:『白鳥とコウモリ』
著者:東野 圭吾
出版社:株式会社 幻冬舎
発売日:2024年4月
メモ:作品内の舞台は実在する場所も

あらすじ

二〇一七年、東京竹芝で善良な弁護士、白石健介の遺体が発見された。捜査線上に浮かんだ倉木達郎は、一九八四年に愛知で起きた金融業者殺害事件と繋がりがある人物だった。そんな中、突然倉木が二つの事件の犯人と自供。事件は解決したと思えたが。「あなたのお父さんは嘘をついています」。被害者の娘と加害者の息子は、互いの父の言動に違和感を抱く。

『白鳥とコウモリ 上巻』裏表紙より

父の死に疑問を持つ美令と父の自供に納得できない和真。事件の蚊帳の外の二人は、“父の真実”を調べるため、捜査一課の五代の知恵を借り禁断の逢瀬を重ねる。過去と現在、東京と愛知、健介と達郎を繋ぐものは何か。やがて美令と和真は、ふたり愛知へ向かうが、待ち受けていた真相はーーーーーー。光と影、昼と夜。果たして彼等は手を繋いで、同じ空を飛べるのか。

『白鳥とコウモリ 下巻』裏表紙より

読書感想

何が一番大切か

物事のとっかかりをうまくつかめない人は、まず優先順位をつけた方がいい。あれもこれもと手当たり次第手にしてしまうと効率的には動けない。しかも全てが中途半端になってしまう。優先順位をつけて作業フローを確立することで作業に対する集中力も高まる。集中力が高まれば、品質も高まる。

つまり導入で間違ってしまうとそのあとの立て直しはより困難になってしまう。始める前の準備と計画が重要であるということは多くの人が理解していることだろう。

そして、どうにも進んでいる方向性に疑問が生じたとき、立ち止まって考えてみるのも大切だ。一番避けなければいけないのは、不確かな状況のまま走り続けてしまうことだ。自転車のチェーンが外れてしまったとき騙し騙しペダルを漕ぎ続けていると上手くハマったりする。同じような感覚で違和感を感じているけども、先に進めているうちにどうにか持ち直すだろうと、考えてしまうと取り返しのつかない状況に追い込まれてしまうことになる。

ここで大切なのは、ノーダメージでやり抜くことよりも最小限のダメージで完走することだ。方向転換の決断は早ければ早いほど良い。その場しのぎの対応は、一時的な心の安心でしかない。

価値観による審査会

その人にとっての誠意は、あの人にとっての誠意ではないかもしれない。価値観の違いによってこの世の中は成り立っている。私個人の考えだけで世の中ができていたら、今当たり前に存在するサービスや仕組みは姿を消すだろう。

私と異なる価値観を持った人たちがいるからこそ、思いもつかぬサービスが生まれ、私が到底やりたくないことも別の人がやってくれたりする。だから価値観の違いは世の中にプラスをもたらす。

一方で統一された価値観も存在する。それらの価値観は法律というルールブックに記載されているもので、価値観の違いは許されない。もし、その価値観からズレた行動をとってしまうと法律違反として捕まってしまったりする。

私たちの世界ではこういった決められた価値観と決まっていない自由な価値観をもとに作られている。しかし、決まりがないことによるグレーゾーンも存在する。このグレーゾーンに触れたときの周りの反応によって、その人がどのように思われているかが浮き彫りになったりする。

同じ行動であっても許される人もいれば許されない人もいる。これらはグレーゾーンに足を踏み入れた人たちである。自分は許される側の人間なんだ。私は許されないほうの人間なんだ。許されない側の人間に認定されてしまうと、かなり生きづらさを感じることになる。

その線引きは実に曖昧であり、統一性もなければ、過去の傾向も全くあてにならない。不特定多数の人に審査され、合否結果も知らされない。気がついたときにそっち側の人と認識されている。しかも面白いことに、そっち側の人はすぐに忘れられる傾向にある。

コメント