今回ご紹介する小説は、小野寺 史宜著の『ひと』です。
『ひと』は令和3年4月に初版第1刷が発行されました。
ど直球なタイトルと、表紙にある男性の物憂げな表情に惹かれ購入しました。
あらすじ
女でひとつで僕を東京の私大に進ませてくれた母が急死した。僕、柏木聖輔は二十歳の秋、たった独りになった。大学は中退を選び、就職先のあてもない。そんなある日、空腹に負けて吸い寄せられた砂町銀座商店街の惣菜屋で、最後に残った五十円のコロッケを見知らぬお婆さんに譲ったことから、不思議な縁が生まれていく。
『ひと』裏表紙より引用
読書感想
人に惑わされ、人に救われる
「人間関係」
どのような環境で生活をしている人であっても切っても切れない問題ではないか。
『ひと』の主要人物、柏木聖輔も人間関係に惑わされた人間だ。
道路に飛び出した猫を避けようとして事故死した、父親。
その後、女でひとつで聖輔を育ててきた母親も、急死。
頼る人がいなくなった聖輔がしたことは、大学を中退することだった。
この決断こそが、自らの判断でこれからの人生を歩んでいく決意をした瞬間であった。
人に惑わされた聖輔であったが、助けてくれる存在も人であった。
ひょんなことがきっかけで働くことになった惣菜屋。
アルバイトを通して出会った人たちによって、調理師免許を取得するという目標もできた。
聖輔の心情を読み取っていくと、人生において目標を持つことの大切さに気づく。
目指すものさえあればあとは、ただひたすら前に進むだけなのである。
人は、自分と同じ人に惑わされ、また同じ人に救われながら生きていく生き物なのかもしれない。
魅力的な人
小説『ひと』には様々な人が登場する。
物語を読んでいて、心底腹が立つ人物もいれば、心温まる人物もいる。
特に私が注目した人物は、井崎青葉の元カレ、高瀬涼だ。
高瀬涼は有名大学に通う大学生なのだが、人を上から見る癖がある。
いや、人だけではない。世の中を上から見る癖がある。
例えばこんなことがあった。
青葉とまだ付き合っていた頃のこと。
車通りの少ない横断歩道の信号が赤になった。
すると高瀬涼は当たり前のように信号無視をする。
さらに、反対側で信号待ちをしていた人の近くをわざと通ったりもする。
「俺は車が来ないのにわざわざ信号待ちなんかしない」といった風に。
なんというのか、よく言えば合理的?
些細なことだが、こういった小さなズレがその人の印象を大きなものとしてしまう。
青葉のように恋人という近しい間柄だと尚のことだろう。
他人に対する印象は、見る人のフィルターを一度通してから行われる。
そのため、気になってしまう点も人それぞれだ。
十人十色であり、一期一会。
そんなことを感じさせられる。
誰もが問題を抱えている
小説『ひと』では、主に主要人物である柏木聖輔に焦点を当てたストーリーとなっている。
しかし、柏木聖輔以外にも問題を抱えている人物が多く登場してくる。
・惣菜屋の店主(聖輔を雇ってくれた)
・惣菜屋の跡取りに悩んでいる
惣菜屋店主の督次さんは、寡黙で職人肌な人。
口数は多くないが、従業員のことは人一倍考えている。
自らの年齢からも、そう長くは続けられない。
惣菜屋の跡取りに日々悩んでいる。
・惣菜屋のパートさん
・中学生の男の子を育てるシングルマザー
惣菜屋でパートとして働いている一美さん。
普段は明るく振る舞っているが、中学生の男の子を育てるシングルマザー。
その息子さんが最近、学校でバンドを組んだとか。
・聖輔の親戚のおじさん
・仕事がなく、お金に困っている
聖輔の親戚の叔父、基志さん。
聖輔の母の葬儀の際は、いろいろと協力をしてくれた。
しかし、基志さん自身もお金がなく困っている。
そんな状況で、聖輔に対してお金を請求し始める。
小説『ひと』では、聖輔以外にも様々な問題を抱えた人物が登場する。
誰に感情移入するかは、読む人によって変わってくるだろう。
まとめ
今回は、小説『ひと』小野寺 史宜著を紹介しました。
なんといってもこの作品は、主要人物である柏木聖輔の心情の変化を感じられる作品です。
人生に悲観的になっていた聖輔ですが、新たな出会いをきっかけに生きる希望を見つけます。
この作品は、『ひと』というとてもシンプルなタイトルです。
しかし、読み進めていくと人間の感情や身の回りの複雑な出来事に多く直面します。
人生に悲観的でありながら、その状況を素直に受け入れ歩んでいく。
そんな聖輔の姿に勇気をもらえる、そんな作品です。
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